2012.01.22 Sunday
3.11の記録なかなか書けずに時間ばかりが過ぎてしまいました。
2011.3.11、この地震で多くの尊い命が奪われたことに深い哀悼の意を捧げます。
死者行方不明者2万人以上。・・・本当に言葉もありません。
以下の記事は、震災後に書いては途中で止め、また少し足しては止め、を繰り返して、下書き保存したままになってた震災発生時の記録です。
新たな年を迎え、一年が過ぎ去ってしまう前に、途中ですがそのままアップしたいと思います。
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3月11日14時46分。
私は体調が悪くて仕事を休み、ひとり、家の二階リビングに居ました。
揺れ始めてすぐ「今までのとは違う」と感じた今回の地震。
30秒ほど続いた最初の揺れは、落下物もなくしのいだのですが、続けてさらに大きな揺れが始まると、本棚からバタバタと物が落ち、冷蔵庫や戸棚の扉が開いて、家中全てのものがガタガタと激しく音をたてました。
窓の外に目をやると、大きく揺れる電柱と電線。
張られているワイヤーが火花を飛ばして切れていくのが見えて。。。
実際は2分半〜3分間くらいの揺れだったのでしょうか。
でも、とてつもなく長く、おそろしい時間でした。
あまりに衝撃が大き過ぎて、今になっても思い出せない部分があります。
我家の地域は、震度6強を記録したそうです。
結果的に、家族全員が怪我もなく無事でした。
地震後2時間あまり、ダンナと長男に全く連絡がつかず、夕方になってみんなが家に揃ったときは、安堵の涙があふれました。
地震後、電気・水道・固定電話のライフラインがストップ。
(ウチはガスを使ってませんが、ガスも市内全域でストップ)
かろうじて繋がっていた携帯電話も、基地局の非常電源が落ちたのか夜には使えなくなりました。
家の中の状態は、二階では多くの落下物がありましたが、一階のものはほとんど落下物もなく無事。
家屋の損壊もなく一安心。
しかし、地震から数日経ち町内を歩いてみると、その惨状には明暗が分かれていました。
我家の近所は、外から見てわかるような損壊がある家はありません。
しかし、少し離れた場所では道路に亀裂が走り、それと同じラインに建つ家の塀は倒れ、屋根瓦が落ち、家に歪みが出ているお宅もありました。
このような状態は、建物築年数の古い・新しいはさほど関係してないようで、それよりも土地による影響が大きいように見受けられました。
宅地造成時に小さな谷部を埋めた場所?と思われる一連の土地が、軒並み被害が大きかったような。。。
ウチの近所以外でも、同時期に開発された造成地の中にあっても、大きく明暗が分かれているようでした。
この状況を見て私が思ったことは、
・近代日本の標準的な住宅(2階程度の戸建)ならば、震度6くらいまでなら十分耐えられる?
→過度な耐震補強を施した住宅はいらないのかも?
・それよりもなによりも、家を建てる場所の状態(土地)が重要。
→家が無事でも土地がもろく崩れてしまっては本当にどうしようもない。。。谷を埋めた盛土の造成地、崖付近の土地、沼や池を埋め立てた土地・・・などなど、危険因子がある土地はどんなに安くてもリスクが大きすぎる。造成前の状態をよく確かめてから家を建てるべし。
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そして何より、日々防災意識を持つこと。
大地は生きている。
そのことを忘れずに、淡々と。
はじめにお読みください。


















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